図解
図解:問いを6ステップで読みとく流れ(自動生成)
よく流れる溶岩と、山頂の爆発が積み重なってできた形だから。
日本でいちばん高い富士山は、遠くから見てもきれいな三角の形をしています。どうして、あんな形になったのでしょう。
富士山は火山です。地下から出てきたマグマや、ふき出した細かい岩のかけらが、なんども積み重なってできました。
富士山のマグマは「玄武岩」というしゅるいで、ねばりけが弱いのが特ちょうです。ねばりけが弱いマグマは、よく流れて広がります。
それだけではありません。山のいただきでは、大きな爆発を起こす噴火もくり返されてきました。ふき上げられたかけらが山の上のほうに積もり、急なしゃ面ができたと考えられています。
噴火は、いただきだけで起きたわけではありません。山のはらからも噴火が起きていて、いただきから13キロメートルより遠い場所にも、そのあとが見つかっています。
富士山の体積は400〜500立方キロメートルと見つもられています。陸の上にある火山では、もっとも大きなものです。
いまの形は、一日でできたものではありません。長い年月をかけて、噴火をくり返しながら少しずつ育ってきた形なのですね。
整いすぎた形は、かえって単純な成り立ちを想像させる。しかし富士山のシルエットは、性質の異なる噴火が分業した結果である。この山が噴き出してきたのは玄武岩質のマグマで、ねばりけが小さく流れやすい。よく流れる溶岩が遠方まで達して、あの長い裾野を敷いた。一方、上部の立ち上がりをつくったのは、頂で繰り返された爆発的な噴火だ。吹き上げられた火砕物が高い位置に降り積もることで、頂へ向かうほど傾斜が増していった。噴出口が一点に限られていないことも見落とされやすい。斜面には過去の割れ目噴火の跡が点在し、中心から放射状に分布している。地質学が明かしたのは、静かに佇む姿とは裏腹の、多様な噴火様式の履歴だった。日本人が見慣れたあの三角形は、完成した造形物ではなく、長い活動史の途中経過を切り取ったものにすぎない。
仕組みの科学
火山の形は、噴き出す物質の性質と噴火の仕方でおおよそ決まる。富士火山の特徴は、玄武岩マグマを長期にわたって噴出し続けてきた点にある。玄武岩質のマグマはねばりけが小さく流れやすいため、噴出した溶岩は遠くまで広がりやすい。この性質だけを取り出せば、傾斜のゆるい平たい火山になりそうなものである。しかし実際の富士山は、山頂に近づくほど斜面が急になる。産業技術総合研究所の地質解説では、山頂での爆発的噴火の結果として、急な斜面を持つ円錐形の山体が形成されたと説明されている。つまり、流れる溶岩と爆発的噴火による火砕物、その両方の積み重ねが今の形をつくった。噴火の場所も一点ではない。富士火山は山腹でも多くの割れ目噴火を起こしており、山頂から13キロメートル強の距離までの範囲で割れ目噴火が発生している。中心から放射状に広がる噴火が、裾野を厚く育ててきたことになる。積み上がった山体の体積は400〜500立方キロメートルと見積もられ、陸上最大の複成火山とされる。複成火山とは、一度の噴火ではなく、長い期間に何度も噴火を重ねて成長した火山を指す。整った形の裏には、繰り返しという時間の要素がある。
歴史と発見
富士山の成り立ちが分かってきたのは、地質学の地道な積み重ねによる。研究は明治時代に始まり、なかでも津屋による研究が重要な位置を占める。津屋は溶岩流の分布を中心に多くの研究を行い、1968年には5万分の1の富士火山地質図を刊行した。溶岩がどこからどこまで流れたのかを地図の形で示すことは、山体がどう成長したかを復元する土台になる。次の転機は火山灰だった。町田は火山灰の層序を用いる手法を導入し、これによって富士火山全体の噴火史が初めて明らかとなった。火山灰は広い範囲に降り積もるため、離れた場所の地層どうしを結びつける物差しとして働く。溶岩が「どこへ流れたか」を語るとすれば、火山灰は「いつ起きたか」を語る。近年はボーリングやトレンチ調査に炭素年代測定を組み合わせ、定量的な噴火史の構築が進められている。こうした研究の結果、富士火山の活動は星山期、富士宮期、須走期に区分されるようになった。星山期は約10万年前から紀元前15000年ごろ、富士宮期は紀元前15000年から紀元前6000年ごろ、須走期はそれ以降にあたる。
もう一歩先
富士山が置かれた場所そのものも、この山を語るうえで欠かせない。富士火山は島弧の火山でありながら、3つのプレートが交差する複雑な場所に形成されている。北米プレート、ユーラシアプレート、フィリピン海プレートが出会う地点に、陸上最大の複成火山が育ったことになる。歴史時代の噴火を見ると、規模の大きさが具体的な数字で分かる。平安時代の貞観噴火は864年から866年にかけて起こり、およそ1.5立方キロメートルの溶岩を噴出した。江戸時代の宝永噴火は1707年に起こり、約0.7立方キロメートルの火砕物を約2週間で噴出している。数か月から数年ではなく、2週間という短期間にこれだけの量が放出された点は、爆発的噴火の激しさを物語る。最も新しい活動としては須山胎内溶岩流が知られ、その年代は2σでCal AD 1030年から1220年と得られている。整った円錐形は完成した造形物ではなく、噴火という出来事の途中経過である。私たちが見ている三角形は、いま進行中の地質現象の断面と言ってよい。
🌱 ためしてみよう!3択クイズ
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Q1. 富士山のマグマ「玄武岩」のとくちょうは?
Q2. 山のいただきが急なしゃ面になったのはどうして?
流れる溶岩だけでは、平たい山になりやすいです。山頂での爆発的な噴火でふき上げられたかけらが上のほうに積もったことで、急なしゃ面をもつ円すい形になったと説明されています。
Q3. 富士山の体積はどれくらい?
富士山の山体の体積は400〜500立方キロメートルと見つもられています。陸の上にある複成火山としてはもっとも大きく、長い年月をかけて噴火を重ねて育ってきました。
👤 大人のちょっとした雑学
溶岩と爆発の役割分担
流れやすい玄武岩の溶岩だけなら傾斜のゆるい山になる。急な山頂をつくったのは爆発的噴火の火砕物だ。裾野と山頂で、担当している噴火様式が違う。
噴火口は山頂だけではない
富士火山は山腹でも多くの割れ目噴火を起こしてきた。その範囲は山頂から13キロメートル強に及ぶ。中心から放射状に広がる噴火が裾野を厚くしてきた。
宝永噴火は約2週間の出来事
1707年の宝永噴火では、約0.7立方キロメートルの火砕物が約2週間で噴出した。長い年月の積み重ねの中に、こうした短期集中の事件が挟まっている。
🔬 とことん深掘り:読書ガイド
読み順ガイド(やさしい→専門)
- 産業技術総合研究所「富士火山地質図(第2版)」解説(ウェブ資料)
一次資料にあたる地質図の解説。地質概説と研究史が短くまとまっており、全体像をつかむ入口になる。 - 津屋弘逵「5万分の1 富士火山地質図」(1968年)
溶岩流の分布を中心に据えた古典的成果。現在の研究がどこから出発したかを確認できる。 - 火山学の大学教科書(火山地形と噴火様式の章)
複成火山・割れ目噴火といった用語を体系の中で位置づける段階。個別の火山を比較する視点が育つ。 - テフロクロノロジー(火山灰編年学)の専門書
火山灰の層序で噴火史を組み立てる手法そのものを学ぶ。年代を決める根拠の強さを自分で判断できるようになる。
さらに進む方向
もっと詳しく:歴史と時系列
- 約10万年前〜前15000年星山期の活動
- 前15000〜前6000年富士宮期の活動
- 前6000年以降須走期の活動
- 864〜866年貞観噴火・約1.5km³の溶岩を噴出
- 1030〜1220年(2σ)須山胎内溶岩流の年代
- 1707年宝永噴火・約0.7km³の火砕物を約2週間で噴出
- 1968年津屋による5万分の1富士火山地質図が刊行
ことばのメモ
- 玄武岩
- ねばりけの小さい黒っぽい岩
- 複成火山
- 噴火を重ねて育った火山
- 割れ目噴火
- 山のはらの割れ目から出る噴火
- 火砕物
- 噴火でふき出す岩のかけら
- 層序
- 地層の積み重なりの順番
よくある質問
富士山が円錐形なのはなぜ?
富士山はどれくらいの大きさなの?
噴火は山頂だけで起きたの?
富士山の活動はどう区分されているの?
歴史時代の大きな噴火にはどんなものがある?
学びのタネ
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家でできること
- 地図帳で富士山の等高線を見て、山頂近くと裾野で線の間かくがどう変わるか比べてみよう
- 水あめと水で、ねばりけの違う液体が斜面をどう流れるか観察して火山の形を考えてみよう
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出典・参考文献
- 産業技術総合研究所 地質調査総合センター富士火山地質図 解説:はじめに・地質概説・研究史 参照 2026-07-30
- 産業技術総合研究所 地質調査総合センター富士火山地質図(第2版) 参照 2026-07-30
出典・正確性ポリシー:詳しく読む
富士山は玄武岩のマグマを長いあいだ噴き出してきました。玄武岩のマグマはねばりけが小さく、よく流れて広がります。そのため、ふもとに向かってなだらかな裾野が広がっています。