図解
図解:問いを6ステップで読みとく流れ(自動生成)
中国の発音をまねた読みと、日本語をあてた読みの両方を使ったから。
学校で漢字を習うと、同じ字なのに読み方がいくつもあることに気づきますね。たとえば「山」は「サン」とも「やま」とも読みます。どうして2つもあるのでしょうか。
大むかしの日本には、まだ文字がありませんでした。人びとは話し言葉だけで暮らしていたのです。そこへ中国から漢字が伝わってきました。日本の人たちは、まず中国での発音をまねて漢字を読みました。これが音読みです。
でも、まねた発音だけでは意味が分かりにくい。そこで、もともと日本にあった言葉を漢字に当てはめる方法も考えました。「山」という字に、日本語の「やま」を当てたのです。これが訓読みです。
つまり音読みは「借りてきた発音」、訓読みは「日本語をあてた読み方」。入り口が2つあったから、読み方も2しゅるいになりました。
さらにおもしろいことがあります。音読みそのものも1しゅるいではありません。「行」は「ギョウ」「コウ」「アン」と3通りに読めます。漢字が日本に伝わった時代がちがうと、その時代の中国の発音がそのまま残ったからです。
音読みが一つに定まらないのは、漢字が別々の時代に別々の経路で日本へ入ってきたからだ。国立国語研究所の解説によれば、最初に伝わったのが呉音で、四書五経や仏教経典とともにやってきた。「修行(しゅぎょう)」「勤行(ごんぎょう)」のような仏教語に今も色濃く残っている。次が漢音で、奈良から平安時代初期にかけて遣唐使などを通じて伝来した。「急行」「行動」といった日常語の多くはこの系統だ。最後が唐音で、鎌倉時代以降に禅宗を通じて入った。「行脚(あんぎゃ)」「行灯(あんどん)」がその名残である。
同じ「行」の字がギョウ・コウ・アンと三つの音を持つのはこのためだ。中国語では一つの漢字の発音は原則として一種類しかない。日本語の漢字音は、輸入された時代ごとの中国語音を層のように保存している。いわば発音の地層であり、漢字は生きた言語の化石標本でもあるのだ。
仕組みの科学
音読みと訓読みの二重構造は、文字を持たない言語が外来の文字体系を受け入れるときに起こる典型的な現象として理解できる。漢字はもともと中国語を書き表すための文字であり、一つの字が中国語の一つの語(そして原則として一つの発音)に対応していた。国立国語研究所の解説によれば、中国語では一つの漢字に対して発音は原則として一種類である。
ところが日本語は、系統も語順も音の構造も中国語とは大きく異なる。そこで日本人は二つの方法を並行して採った。一つは、漢字が中国で持っていた発音を日本語の音韻体系に置き換えて写し取る方法である。これが音読みで、外来語の音写に近い。もう一つは、その漢字が表す意味に対応する日本語をそのまま読みとして当てる方法である。これが訓読みで、翻訳に近い。
重要なのは、この二つが排他的な選択ではなく、併存したまま定着した点だ。音読みは漢語をそのまま輸入するのに便利で、訓読みは日本語の文脈に漢字を溶かし込むのに便利だった。どちらも捨てられなかった結果、一つの字が複数の読みを抱えるという、世界的にも珍しい表記体系が生まれることになった。
歴史と発見
訓読がいつ始まったのかは、文献の物証から追うことができる。国立国語研究所ことば研究館に寄せられた小助川貞次・富山大学人文学部教授の解説によれば、返点などの訓点が付いているもっとも古い文献は、大東急記念文庫にある『続華厳経略疏刊定記(ぞくけごんきょうりゃくしょかんじょうき)巻第五』である。その巻末には、延暦二年(783年)と延暦七年(788年)にそれぞれ新羅の正本、唐の正本と対校したという奥書が記されている。
さらに同解説は、日本語として訓読したことが分かる文献としては奈良時代末ごろまでさかのぼることができる、と述べている。ただし『古事記』や『万葉集』のように漢字漢文で書かれながら日本語を表している資料や、より古い仏像の光背銘・墓誌銘・鉄剣銘などについては、扱いが異なることも示されている。
一方、音読みの側にも歴史の層がある。最初に伝来した呉音は四書五経や仏教経典とともに入り、奈良から平安初期にかけては遣唐使などを通じて漢音が伝わった。鎌倉時代以降には禅宗を通じて唐音が加わる。呉音・漢音のもとになった中国語音は「中古音」と呼ばれている。訓読みの成立と音読みの重層化は、別々の経路をたどりながら同じ時代を並走していたのである。
もう一歩先
この二重構造は、現代の日本語運用にも影響を残している。同じ概念に対して漢語(音読み系)と和語(訓読み系)の二通りの言い方が併存し、書き言葉と話し言葉、公的な文体と日常の文体を使い分ける材料になっている。「行動する」と「行く」、「登山」と「山に登る」のような対は、その一例として理解しやすい。
読みが一つに定まらないことは、実務的には難題も生む。人名や地名の読み、複合語での読みの変化、送り仮名の付け方など、規則だけでは決まらない領域が広く残る。日本語表記の目安として、文化庁は常用漢字表(平成22年内閣告示第2号)を告示し、字種とともに音訓を示している。学校教育や公用文の基準は、こうした告示を土台に運用されている。
言語研究の立場から見ると、日本語の漢字音は中国語音韻史の資料としても価値を持つ。現代の中国語では失われた古い音の特徴が、日本の音読みの側に保存されている場合があるためだ。ただし、方言や現代中国語との音の対応をどこまで厳密に読み取れるかは慎重な検討を要する領域であり、伝来の経路や年代についても「〜と考えられている」という水準で語られることが多い。漢字の読みは、いまも研究が続く生きたテーマなのである。
🌱 ためしてみよう!3択クイズ
本文をよんでこたえてみよう。タップでせいかいがでるよ。
Q1. 「山」を「やま」と読むのは、どちらの読み方でしょう。
Q2. 音読みは、もともと何をまねて生まれた読み方でしょう。
日本にまだ文字がなかったころ、中国から漢字が伝わりました。そのとき日本の人たちは、中国でその字をどう発音しているかをまねて読みました。これが音読みです。だから音読みは「借りてきた発音」ということができます。
Q3. 「行」に「ギョウ」「コウ」「アン」と3つの音があるのはなぜでしょう。
漢字は一度にまとめて伝わったのではなく、時代ごとに何回かに分けて日本へ入ってきました。そのたびに、そのころの中国の発音がいっしょに伝わって残ったので、同じ字なのに音が3つもあるのです。
👤 大人のちょっとした雑学
「修行」と「急行」は同じ字なのに別系統
どちらも「行」を含むが、修行のギョウは最初に伝来した呉音、急行のコウは遣唐使の時代に入った漢音である。仏教語に呉音が濃く残るのは、経典とともに伝わった経路をそのまま反映しているためだ。
唐音は禅宗が運んできた
鎌倉時代以降に伝わった唐音は数こそ少ないが、行脚(あんぎゃ)や行灯(あんどん)として現代語に生き残っている。禅宗という限られた経路を通ったため、語彙の分野にも偏りが見られる。
訓点付き最古の写本は8世紀末
返点などの訓点が確認できる最古の文献は『続華厳経略疏刊定記巻第五』で、巻末には延暦二年(783年)と延暦七年(788年)に新羅本・唐本と対校した旨の奥書がある。訓読の歴史は文字資料で追える。
もっと詳しく:歴史と時系列
- 文字のない時代日本には話し言葉だけがあり、文字はなかった
- 漢字の渡来四書五経や仏教経典とともに呉音が伝わる
- 奈良〜平安初期遣唐使などを通じて漢音が伝来(急行・行動)
- 延暦2年(783)・7年(788)訓点付き最古の写本『続華厳経略疏刊定記巻第五』の奥書
- 鎌倉時代以降禅宗を通じて唐音が伝来(行脚・行灯)
- 平成22年(2010)文化庁が常用漢字表を内閣告示し音訓を示す
ことばのメモ
- 音読み
- 中国の発音をまねた読み方
- 訓読み
- 日本語の言葉を当てた読み方
- 呉音
- いちばん早く伝わった漢字の音
- 漢音
- 遣唐使のころに伝わった音
- 唐音
- 禅宗とともに伝わった新しい音
よくある質問
「行」はどうして3通りにも読めるのですか?
訓読みはいつごろから使われていましたか?
中国語にも音読みと訓読みの区別はありますか?
音読みか訓読みかを見分けるコツはありますか?
学びのタネ
この問いに関連する本・実験・サービスのご紹介です。
家でできること
- 国語辞典で「行」を引き、ギョウ・コウ・アンの三つの音が使われている熟語をノートに書き出してみよう。
- 教科書に出てくる漢字を10個選び、音読みだけで意味が分かるか、訓読みなら分かるかを比べてみよう。
- 文化庁の常用漢字表のページを開いて、一つの字にいくつ音訓が示されているか数えてみよう。
おとな向けに:新書・実用書
とことん深く:専門書・古典
読み放題・聴き放題
家でも教室でも、学びを深める
※ Amazonアソシエイト参加者として適格販売により収益を得ています。A8.net等の広告主から発番されるリンクは順次差し替えていきます。
出典・参考文献
- 国立国語研究所 ことば研究館同じ漢字なのに、日本語と中国語では発音がまったく違うのはなぜですか 参照 2026-08-06
- 国立国語研究所 ことば研究館漢文の訓読はいつから始まりましたか 参照 2026-08-06
- 文化庁常用漢字表(平成22年内閣告示第2号) 参照 2026-08-06
出典・正確性ポリシー:詳しく読む
「やま」は、もともと日本にあった言葉を漢字に当てはめた読み方なので訓読みです。いっぽう「サン」は中国での発音をまねた読み方なので音読みになります。聞いただけで意味が分かるほうが訓読みだと考えると見分けやすくなります。